Fire-KingファイヤーキングやPYREXパイレックスなどのアメリカンコレクティブル雑貨のお店
歴史的人物の手助けをしたなど、ファイヤーキングより古い歴史を
持つパイレックス。こりゃあ注目せざるをえません!
「PYREX」とは、コーニンググラスワークス(Corning Glass Works)の
商標下にある今なお健在のブランド名です。
歴史はファイヤーキングより古く、1851年にアメリカのマサチューセッツ
州サマヴィルでユニオングラスカンパニー(Union Glass Company)として
会社を設立。13年後の1864年に会社を売却。同年、NY州のブルックリン
フリントガラス(Brooklyn Flint Glass Company)を買収し、4年後の
1868年にコーニングフリントグラスワークス(Corning Flint Glass Works)
と社名変更をしました。1875年にコーニンググラスワークス(Corning
Glass Works)となり、当時は鉄道信号用のガラス、温度計のガラス
および医薬用のガラスなどを製造していたようです。また、世界で
初めての電球が出来たのは1879年ですが、かの有名なトーマス エジソン
(Thomas Edison)の為にコーニンググラスワークスがその工場で電球の
ガラスを供給したというから驚き。
歴史上有名な人物と今もまだ愛されているパイレックスが繋がっていると
思うと・・・何とも言えない不思議な気分になります。
"PYREX"という言葉は、ギリシャ語のPYRO(炎)とラテン語のEX(王)
を組み合わせた造語という説が強いようですが、ギリシャ語のPYRO(炎)
と後の話に出てくるランタンガラスの為に開発した熱膨張の小さいガラスの
製品名、"Nonex"のexからとったとも言われているそうです。
1900年代初期、当時の鉄道で使われていた灯りはランタンでした。
しかし、ランタンの炎の熱により熱せられたガラスが冷たい雨や雪による
急激な温度差に耐えられず、割れてしまう事が数多くあったそう。
コーニンググラスワークスは、鉄道会社から割れないガラスの開発要請を
受け、風化に対応するガラスの開発に成功。このスーパータフなガラスは
当時「ファイヤーガラス」と呼ばれ、温度変動、化学腐食と破損にさえ
対応したそうです。
さて、それまでキッチンウェア業界に参入していなかったコーニング
グラスワークスですが、1913年7月、会社の新しい科学者の妻
ベッシーリトルトン(Bessie Littleton)にかかわる一連の出来事によって
キッチンウェア産業に注目をせざるを得ない事となります。
科学者の妻、リトルトン夫人は「Guernsey」というブランドのキャセロール
を使っていましたが、たった2回オーブンで使っただけなのに割れてしまった
そう。日々取り組んでいるガラスの強度を知っていた夫に会社から代用品を
家に持ち帰るようにお願いしました。翌日の晩、リトルトン氏は熱膨張の
小さいガラスで作られた底を切り取ったバッテリージャー(自動車の
バッテリー等を入れておいたガラスの入れ物)と共に帰宅しました。
リトルトン夫人は早速夫の持ってきた代わりの焼き皿でスポンジケーキを
作ってみると・・・すごい発見をしてしまったのです。
・調理時間が短くなった
・粘着力が少なくて取り出しやすく、
ケーキがガラスに張り付かなかった
・いつもと違ってケーキが均一に焼けた
・洗った後もケーキのにおいがお皿に
残っていなかった
・透明なので皿の下側を見る事ができ、
焼いている途中でケーキの
焼き具合を確認することができた
リトルトン氏は翌日、妻の作ったケーキと調査結果を会社に持って行き、
研究者達がケーキを調べた所、「全てが均一に茶色く焼けていてこれは
注目に値する!」という結論に達しました。今では当たり前の事が
当たり前でない時代、驚きと喜びの中、いよいよ私たちが知っている
いわゆる「オールドパイレックス」の登場となります。
この新発明のベイクウェアを完成させるために2年のプロセスを費やし、
1915年にキッチンで使う最初のパイレックス、「オーブン用ガラス皿」
を完成させ、金物屋さん、デパート、磁器店にお目見えする事となります。
(この時に「パイレックス」という名前を商標登録)
これまでのガラス食器は欠けやすく、簡単にヒビが入ったり割れてしまったり
していましたが、パイレックスは違いました。この耐熱食器は"割れない"
といっていいほどで、それまで常識だった買い換える手間と費用さえ省いて
いました。この頃、大恐慌と第二次世界大戦の間に資源が不足するように
なったので、耐久性要因はさらにより重要になっていたようです。
当時、パイレックスは他の食器メーカーの製品に比べて信じられないほど
耐久性があり、陶器や磁器、エナメルのお皿と違って反射するオーブンの
熱さえも吸収。これは調理過程を早くしてエネルギーの節約に繋がりました。
しかしながら、疑い深い市民にこの新しい製品を販売するのは容易ではなく、
どんな主婦も、とても"もろい"と知られてきた"ガラス"という素材がそんなに
耐久性があるとは到底信じられませんでした。
1915年、コーニングはスポークスマン兼広告主としてレディースホーム
ジャーナルのエディター、グッドハウスキーピングコラムニストであり、
フィラデルフィア料理学校の創始者、Sarah Tyson Rorerに務めてもらい
ました。 初めのうちは彼女自身もガラスが本当にその機能を果たすのか?
と疑っていましたが、製品のいくつかのサンプルを試したすぐ後、彼女は
国中の小売店でのコーニングがスポンサーとする実演販売の販売促進を
することとなります。
「焼いたそのお皿をそのままテーブルに出せるので、労働と燃料を節約
して食物をよりおいしそうに見せてテーブルを魅力的にします」
広告はガラス皿を使うと利益なりますよ、という事に関して消費者に
知らせる非常に重要なツールになりました。また、戦時中のもう一つの
貴重な必需品、食物を"保存"できるということを消費者に確信させました。
耐久性があってなおかつ魅力的。新しい焼き皿はあっという間に様々な
用途で様々な形で生産されポピュラーになりました。1915年からわずか
5年の1919年の間に4.5万点以上のパイレックスが売られたという程です。
1927年には3000万ものパイレックスがアメリカの家庭で使われていたと
推定されます。また、1915年頃に重要だったパイレックスの特定の特質は
今日、消費者にとっていまなお重要です:
・信頼性
・融通性
・耐久性
・価値
・掃除における容易さ
・食物の跡やにおいを残さない
・焼いた同じ皿でテーブルに出せる
・冷蔵庫と冷凍庫で収納可能
時代の変化に伴い、1970年代の終わりから1980年代に入ると、
パイレックスの刻印は消えてコーニングの刻印となります。その後、軽くて
かさばらない現在のコレール製(Corelle)に切り替わっていき、1989年に
コーニング株式会社(Corning Incorporated)となります。1998年に、
食器製造・販売部門を国際的に有名なボーデン(Borden Inc.)に売却し、
ボーデンが新たに設立したワールドキッチン(World Kitchen Inc.)で
現在もコレールブランド(Corelle)として続いています。
エジソンの世界最初の電球のガラスを供給したことに始まり、アメリカの
マーキュリー宇宙船(世界初の有人飛行)ジェミニ、アポロ宇宙船の窓ガラス
を供給したり、光通信になくてはならない光ファイバーグラスを世界で最初
に開発するなど、数々の素晴らしい技術の詰まった会社、コーニング。
現在では先端技術を供給する世界のハイテク企業となりました。
パイレックス製品がお目見えして以来90年間近く、パイレックス製品は
様々なデザイン、色、装飾、絶えず変わるファッションのように変化して
きました。今現在、アメリカの家庭のおよそ75%がパイレックス製品を
所有していると推定されるそうです。
時代のニーズに応え、扱う製品を模索していく。この柔軟な姿勢こそが
数々の発明品の裏にあるのかもしれません。
1915年まで工業や医療用のガラスを作ってきたパイレックスがキッチン
ウェア業界に参入したきっかけは「主婦の声」。今でもアイデア製品を
発明して億万長者!なんておばちゃんもいるくらいですからいつの時代も
「主婦目線」が時代を動かしているのかもしれませんね。
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